山を守る存在がいた。今、私たちは何を引き継ぐのか。

雲上の門前町へ、御岳山へは麓からケーブルカーで一気に。
標高およそ929メートル。高度を上げるにつれて、町の気配が遠のき、空気がゆっくりと変わっていくのを感じます。

秩父と並び、関東の山岳信仰を支えてきた御岳山。
山上には門前町が広がり、参拝、暮らし、祈りが今も自然に重なり合っています。

この山でジビエをいただくことは、珍しい食体験というよりも、山と人との関係に触れる時間と言えるかもしれません。
山の恵みをどう受け取り、どう関わってきたのか。

その背景をたどることで、御岳山の風景は少し違って見えてきます。

※武蔵御嶽神社へのアクセスや駐車場については、こちらで詳しくまとめています。
>>武蔵御嶽神社へのアクセス方法と駐車場ガイド

守り神としての「おいぬ様」と、害獣の境界線

武蔵御嶽神社で語られる「おいぬ様」とは、ニホンオオカミのことです。なぜ、恐れられがちな存在である狼が、神として崇められてきたのでしょうか。

かつての山里では、鹿や猪は田畑を荒らす存在でした。それらを追い、狩るオオカミは、人の暮らしを守る存在でもありました。

作物を守るという役割を通して、狼は「益獣」として敬われ、やがて信仰の対象になっていきます。「おいぬ様」という呼び名には、畏れと親しみの両方が込められているように感じられます。

しかし、オオカミが姿を消したあと、山のバランスは少しずつ変わりました。鹿や猪が増えすぎ、植生や森の再生に影響が出ている地域もあります。

この現実が、現代のジビエという営みにつながっているとも考えられます。

コラム|御岳山に伝わる「おいぬ様」と白狼の物語

武蔵御嶽神社で信仰されている「おいぬ様」は、ニホンオオカミを指します。
江戸時代には御札とともに信仰が広まり、魔除けや盗難除けの神として人々に親しまれてきました。

その由来のひとつとして語られているのが、ヤマトタケルの伝承です。

東征の途中、深山で道に迷ったタケルの前に白狼が現れ、西北の道へと導いたといいます。
タケルはこの狼を「大口真神(オオクチマガミ)」として御岳山に留め、山を守る存在としました。

御岳山では、オオカミは恐れられる存在であると同時に、鹿や猪を退け、畑を守るありがたい存在でもありました。
怖さと感謝、その両方が重なった結果、「おいぬ様」という呼び名が生まれたのかもしれません。

今では絶滅したとされるニホンオオカミですが、その記憶は、御岳山の信仰の中に静かに受け継がれています。

ジビエステーキ武蔵御嶽神社

御師の家でいただく、山の料理

御岳山には、今も多くの宿坊が残っています。

これらは、御師(おし)と呼ばれる人々が、参拝者を迎えてきた場所です。御師とは、神社に仕えながら、各地の信者をまとめ、参拝を案内してきた存在です。

江戸時代には、村ごとや職業ごとに「講(こう)」と呼ばれる信仰の仲間が組まれ、御師はその世話役として、参拝の段取りや宿泊、食事までを引き受けていました。

講の人々にとって御岳参拝は、信仰であると同時に、山の力を分かち合う大切な行事でした。
御師の家でともに食卓を囲むことは、神に供えたものを分かち合う、直会(なおらい)の時間でもあったのです。

宿坊の食事は、豪華さを競うものではありません。山菜や川魚、そして鹿肉など、今で言うジビエを含めた山の恵みを生かした料理が中心です。

ここでの食事は、単なる「ご当地グルメ」とは少し違います。信仰の場に身を置き、同じ山の恵みをいただくという体験そのものが、料理の一部になっています。

静かな山の上でいただく鹿料理は、派手な味付けではありません。けれども、不思議と印象に残ります。

料理誌の視点で言えば、「山の静けさそのものが、ひとつのスパイスになっている」と言えるかもしれません。

奥多摩ジビエの「今」

現在、奥多摩町ではジビエの利活用が、行政と地域の手で進められてきました。

森の下草や木の皮を食べ尽くす鹿や猪による獣害は、奥多摩でも深刻な問題となっていたためです。

2006年には、町主導で鹿肉の処理加工施設が整備されました。捕獲した鹿を無駄にせず、地域資源として活かすことを目的とした取り組みです。

加工された鹿肉は、町内の民宿や旅館、飲食店へと届けられ、カレーなどの商品化も行われてきました。

奥多摩湖畔の食事処では、地元の猟師から伝わる、素朴な鹿料理が今も受け継がれています。

血抜きを丁寧に行い、味噌や醤油、生姜といった身近な調味料で仕上げる方法は、獣臭さを抑えながら、肉のやわらかさを引き出す工夫でもあります。

こうした処理や調理の積み重ねが、「ジビエは臭い」という印象を、少しずつ変えてきました。

近年では、宿坊だけでなく、登山客が気軽に立ち寄れる店や軽食メニューとしても提供され、山の恵みが無理のない形で開かれてきている印象です。

こうした取り組みは、かつて山の秩序を守っていた存在の役割を、現代に引き継ぐ営みとも言えるかもしれません。

狼の跡を継ぐもの

かつて、山の秩序を保っていたのはオオカミでした。

鹿や猪の数を抑え、森の草木が食べ尽くされないようにする。人の手がほとんど入らなかった時代、オオカミは山の循環の一部として、その役割を担っていました。

今、その存在は姿を消しています。代わりに、山と向き合う立場に置かれているのが人間です。

捕獲し、いただくという行為は、単に肉を得るためだけのものではありません。増えすぎた命を調整し、山の環境を保つための、やむを得ない選択でもあります。

もちろん、そこには痛みがあります。命を奪うという事実は、どれほど理由を並べても軽くなるものではありません。

だからこそ、御岳山では信仰や作法が、長い時間をかけて寄り添ってきたのでしょう。

祈り、供え、分かち合う
そうした一つ一つの所作が、山の命と向き合う心構えを整えてきました。ジビエを食べるという行為も、その延長線上にあります。

それは、かつてオオカミが担っていた役割を、意識的に引き受けることだとも言えます。

「食べること」は、単なる消費ではありません。山と関わり続けるという、人の側の意思表示でもあるのです。

まとめ|御岳山で感じる、命の直会

武蔵御嶽神社に伝わる狼信仰と、奥多摩で続いてきたジビエの営み。その間には、奥多摩という土地で育まれてきた、山と人との長い関係があります。

かつてはオオカミが担っていた山の役割を、今は人が引き受けている。そう考えると、ジビエをいただく行為も、単なる食事ではなく、山と関わり続ける一つの形に見えてきます。

参拝のあとにいただく一皿は、特別な料理でなくても構いません。そこに少しだけ立ち止まり、命の循環に思いを向ける時間があれば、それは十分に直会と言えるのかもしれません。

御岳山での体験は、奥多摩の自然とともに、ジビエを「知る」ための静かな手がかりを残してくれるはずです。

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