網を投げる、その一瞬に、すべてを懸ける。

石川県加賀市——
この地では、祈りと食が分断されることなく、身体を整えるための知恵として受け継がれてきました。

白山比咩神社で土地の恵みに向き合い、薬王院温泉寺で身体を緩め、坂網猟で授かった鴨の命をいただく。

その一連の流れは、特別な修行でも、非日常の体験でもありません。

自然と折り合いをつけながら生きてきた人々が、季節ごとに選び取ってきた、ごく実践的な養生の形です。

本稿では、参拝・猟・食がどのようにつながり、身体に作用してきたのかを具体的にたどります。

参拝は、身体の知恵を受け取る準備

白山比咩神社(加賀一宮)

加賀の旅は、この土地の守りに挨拶をすることから始まります。

[加賀一宮]白山比咩神社は、霊峰白山を源とする水の恵みを司る神様を祀る社です。

白山から流れ出る水は、加賀平野の暮らしと農を支え、人々の営みを潤してきました。神に祈ることは、土地の恵みをいただく前の基本的な作法でもあります。

清らかな気配に身を置くことで、外から受け取る恵みを身体の内側へ迎え入れる準備が整っていきます。

白山比咩神社の参道霊峰白山の水を源とする、命の循環へ向かう参道

薬王院温泉寺と、薬師如来の導き

山代温泉の守護寺である薬王院温泉寺の本尊は、薬師瑠璃光如来です。
薬師は「医薬の先生」として、古くから人々の健康と回復を願われてきました。

この寺では、湯治としての温泉と仏への祈りが切り離されていません。湯に身を浸し、身体の疲れや痛みに意識を向けることで、内側の緊張がほどけていきます。

ここでの参拝は、願いを託すだけの行為ではありません。身体を受け止め、整える態勢そのものが、次に続く「食」を深める下地となります。

薬王院温泉寺は、"あいうえお発祥の地"としても知られています。言葉を形づくる最初の音がここから整えられたように、祈りの言葉と身体の感覚は、本来切り離されていません。

言葉(祈り)の原点と、身体(食)の原点が交差する場所として、この寺は、養生の旅に静かな奥行きを与えています。

薬王院温泉寺

武士の矜持が空に舞う「坂網猟」

坂網猟とは何か──片野鴨池で行われる、15分間の猟

坂網猟は、加賀市・片野鴨池周辺でのみ受け継がれてきた伝統的な鴨猟です。

始まりは江戸時代元禄年間。大聖寺藩の武士が、冬の心身鍛錬として工夫を重ねたことに由来します。

猟が行われるのは、夕暮れ時。池で休んでいた鴨たちが、空腹のまま一斉に餌場へ飛び立つ、わずか15分ほどの時間です。

猟師は銃を使いません。手にするのは、全長約4メートル、重さ1キロ弱のY字型の「坂網」です。

頭上を飛ぶ鴨に合わせ、網を真上へ投げ上げる。鴨が網に触れた瞬間、仕掛けによって網が袋状になり、空中で包み込むように捕らえます。

坂網の特徴は、力で押さえ込む構造ではなく、鴨の動きに合わせて網がスライドする点にあります。

この仕組みは、相手をねじ伏せるのではなく、理(ことわり)に沿って命を預かるという考え方に近いものです。

武士が坂網猟に求めたのは、腕力ではなく判断と節度でした。その精神性が、この猟法の細部にまで息づいています。

この構造により、鴨の身体を強く傷つけることなく、生きたまま命を預かることができます。

坂網猟は、効率や数を競う猟ではありません。一瞬にすべてを懸ける、集中と判断の猟です。

坂網鴨が評価される、3つの理由

坂網鴨が高く評価される理由は、感覚的なものではありません。猟の方法とタイミングが、結果として肉質や扱いやすさに違いを生んでいます。

以下の3点が、その核となる要素です。

  1. 完全な野生であること(餌付けをしない)
    人の手で管理されず、季節と環境の変化をそのまま身体に受けて育ちます。穀類を中心とした自然の食性により、赤身と脂のバランスが偏りにくく、味わいが素直に整います。
  2. 猟のタイミングが限られていること(空腹で飛び立つ直前)
    坂網猟は、夕暮れに鴨が餌場へ向かう直前の短い時間にのみ行われます。そのため内臓に内容物が残りにくく、捕獲後の状態が安定しやすくなります。
  3. 銃を使わない捕獲方法であること(網で包み取る)
    強い衝撃が加わらないため、肉に余計な緊張が生じません。結果として、火入れや調理の幅が広く、素材の状態を見極めやすくなります。

これら3つの条件が同時に満たされることで、坂網鴨は素材として扱いやすい状態で届きます。料理人が技術で補うのではなく、素材そのものと向き合える理由は、ここにあります。

世界のシェフが注目する理由

坂網鴨は、国内外の一流料理人からも評価されています。

理由は、特別な加工や熟成に頼らずとも、素材そのものが料理に応えてくれる点にあります。

臭みが出にくく、火入れの幅が広い。
鴨自身の脂だけで肉を焼き上げ、雑味のない内臓をソースに還元できる」——こうした、命のすべてを純粋な一皿に昇華できるポテンシャルこそが、一流の技術を持つ者たちを惹きつける理由です。

脂は重くなりにくく、赤身には野生ならではの張りがあります。

料理人にとって坂網鴨は、技術を誇示するための食材ではありません。素材と正面から向き合うことを求められる、誠実な素材です。

坂網鴨を「形」にしている場所──料亭 山ぎし

こうした坂網猟の思想と素材の力を、料理として体現しているのが「料亭 山ぎし」です。

当主自身が坂網猟の猟師であり、
自ら網を投げ、命を預かり、調理までを一貫して行います。

坂網鴨は年間およそ200羽ほどしか獲れません。
その多くは地元で消費され、外へ出回ることはほとんどありません。

山ぎしでは、一子相伝の出汁によって坂網鴨の持ち味を引き出します。
派手な演出はなく、素材の状態を見極めた、静かな料理です。

ここでの一皿は、料理というよりも「直会」に近い体験です。
猟から食へと続く一連の流れが、ようやく形になります。

>>料亭 山ぎし[公式サイト]

薬喰いとしての鴨料理

治部煮治部煮(イメージ)

坂網猟で授かった命をいただく行為は、味覚を満たすためだけの食事ではありません。それは、季節や体調に合わせて身体を整えるための、意識的な食の選択です。

鴨は、冬を越えるために脂を蓄えます。その脂は冷えた身体を内側から温め、赤身は日々の巡りを助ける力を持つと考えられてきました。

坂網鴨は、猟の過程で強い衝撃を受けていません。そのため肉質は穏やかで、消化の負担が少なく、食後の重さが残りにくい特徴があります。

加賀の郷土料理である「治部煮」は、こうした性質を生かすための料理です。
小麦粉をまぶすことで旨味を閉じ込め、とろみで熱を保つ。身体が冷えやすい季節に、滋養を逃がさず取り入れるための知恵といえます。

一方で、もうひとつ重要な食べ方が「鴨鍋」です。
出汁に坂網鴨をくぐらせ、火を入れすぎないことで、赤身の張りと脂の甘みが穏やかに立ち上がります。

鍋は、食べる速度を自然に落とします。一口ごとに身体の反応を確かめながら箸を進めることで、満腹よりも先に「十分だ」という感覚が訪れます。

治部煮が滋養を閉じ込める料理だとすれば、鴨鍋は身体の状態に合わせて受け取る量を調整できる料理です。

坂網鴨の性質は、こうした穏やかな食べ方によって、よりはっきりと実感されます。鴨鍋鴨鍋(イメージ)

直会としての食

日本の信仰では、参拝や祭礼のあとに、神前に供えたものを人がいただく習わしがあります。これを直会(なおらい)と呼びます。

直会は、特別な料理を食べる儀式ではありません。神に捧げた恵みを、人が同じ場で分かち合うことで、祈りを日常へ戻す行為です。

坂網鴨をいただく流れも、この考え方に近いものがあります。猟の前に土地と仏に向き合い、命を預かり、料理として受け取る。

そこでは、感謝や敬意が言葉ではなく、身体の感覚として残ります。

食後に静かな満足感が広がるのは、単に栄養を摂ったからではなく、一連の流れが整っているからです。

坂網鴨の食事は、祈りと生活を切り離さずにつなぐ場面として、自然に成立しています。

まとめ:祈りと食がつくる、健やかさの循環

白山比咩神社で水の恵みに向き合い、薬王院温泉寺で身体を整え、坂網猟で授かった鴨を、治部煮や鍋としていただく。

この流れは、信仰・猟・食が別々に存在しているのではなく、身体を軸に一続きで機能していることを示しています。

坂網猟は、効率や量を求めるための猟ではありません。薬喰いとしての鴨料理も、栄養価を誇るための食ではありません。

どちらも、自分の身体の状態を見極め、その時に必要なものを選び取るための判断です。

ただ、祈りと食が結びついていた理由を知ることで、日々の選択が少しだけ静かになることはあるかもしれません。

加賀の地に残る養生の風景は、現代においても、身体と向き合うための確かな手がかりを与えてくれます。

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