狛犬ならぬ狛猪
底冷えの京都で出会う、猪の気配
冬の京都は、思いのほか冷えます。石畳や町家に残る冷気は、じわじわと身体に染み込み、いわゆる「底冷え」を実感させます。
御所の西側、落ち着いた空気が流れる一帯を歩いていると、碁盤の目の街並みの中に、ふと「猪」の文字が目に入ります。優雅な都の中心で、なぜ猪なのか。少し足を止めたくなる……この場所こそ物語の入口「いのしし神社」です。
いのしし神社——護王神社に伝わる猪のご由緒と、丹波篠山で受け継がれてきたぼたん鍋。この二つは、冬の身体と向き合う中で育まれてきた文化です。本記事では、猪という存在を通して、信仰と食が静かにつながる京都の冬の時間を見つめていきます。
※護王神社への行き方や駐車場については、別記事で詳しくまとめています。
>>護王神社へのアクセス方法と駐車場ガイド
猪に守られ、猪を食すということ
護王神社「いのしし神社」に伝わる猪の物語と、丹波篠山で受け継がれてきたぼたん鍋。この二つは、信仰と食という異なる形をとりながら、同じ命のあり方を伝えてきました。
古来、京都の都で「守り神」として語り継がれてきた猪と、冬の食卓で「滋養」として感謝されてきた猪は、いずれも人の暮らしを静かに支えてきた存在でした。その在り方は違えど、厳しい季節の中で人に寄り添ってきた点では共通しています。
神社において猪は、道を開き、人を守る象徴として語られてきました。一方で、山里では、厳しい冬を越えるための貴重な恵みとして、猪の肉が大切に扱われてきました。
役割は異なっていても、どちらも自然と向き合いながら暮らしを続ける中で育まれてきた知恵と言えるでしょう。
守られた命の記憶があり、食として受け継がれてきた知恵がある。そうした背景を重ねていくと、猪という存在が、単なる野生動物ではなく、人が自然とどう関わるかを映し出す存在であったことが、少しずつ見えてきます。
300頭の猪が守ったご由緒がある護王神社
表門に「足腰御守」
災厄を退け、清麻呂公を導いた「300頭の群れ」
護王神社の門前に立つと、まず目に入るのが狛犬ではなく「狛猪」です。
勇ましくも、どこか親しみのある表情で境内を守っています。境内を見渡すと、あらゆる場所に猪の意匠が施されており、この神社における猪の存在感の大きさが伝わってきます。
この猪たちは、奈良時代の貴族・和気清麻呂公の伝説に由来します。時の権力争いに巻き込まれ、不慮の災難に見舞われたうえで、自力で歩くことも叶わぬまま流罪となった清麻呂公。その道中、突如として300頭もの猪が現れ、輿を囲むようにして刺客を退け、無事に目的地まで導いたと伝えられています。
「歩みの回復」を願う、現代の祈りの姿
道なき山道を進む中で、猪たちは先導するように現れ、危険から清麻呂公を守ったとも語られています。そして、猪たちが役目を終えて去った後、歩けなかったはずの足が癒えていたという不思議な結末を迎えます。
この「守護」と「回復」の記憶が重なり、護王神社は足腰の守護神として信仰を集めてきました。現代においても、スポーツ選手や登山愛好家、日々の暮らしの中で自分の足で歩き続けたいと願う人々が、祈りを込めてこの地を訪れています。
境内にある霊猪手水舎では、猪の鼻をそっと撫でて願い事をする人の姿が見られます。その所作には、力強さだけでなく、猪という存在への親しみや感謝の気持ちが込められているようにも感じられます。
霊猪手水舎
冬に身体を整える丹波篠山のぼたん鍋
「牡丹」の名に込められた、山の恵みへの敬意
護王神社で触れた猪の生命力は、食の文化にもつながっています。その代表格が、丹波篠山の「ぼたん鍋」です。
猪肉を花びらのように盛り付けた姿が、牡丹の花に見えることから名付けられたぼたん鍋。赤身と白身が織りなす色合いは、味わう前から季節の力強さを伝えてきます。見た目の美しさは、山の恵みを丁寧に扱おうとする心の表れとも言えるでしょう。
身体の声に応える「薬喰い」の知恵
丹波の山々で育った猪は、どんぐりや栗などを食べて育つといわれています。その脂は「白身」と呼ばれるほど雑味が少なく、火を入れると甘みがゆっくりと広がります。赤身は締まりがありながらも、鍋にしても硬くなりにくいのが特徴です。
養生や薬喰いの考え方では、猪肉は冬に身体を温め、内側から力を補う食として受け止められてきました。
現代の栄養学とは異なる表現ではありますが、寒い時期に鍋としていただくこと自体が、身体の声に沿った食べ方だったとも考えられます。
味噌仕立ての鍋に、根菜や山の野菜を合わせ、火を囲んでゆっくり煮込む。その時間そのものが、冷えた身体と向き合い、整えていくための大切なひとときになっています。
猪肉はまさに牡丹花
丹波篠山で育つ、猪の生態と食文化
里山という「境界」が育む、澄んだ脂
丹波篠山の猪が高く評価されてきた背景には、調理法以前に、その育つ環境があります。丹波篠山は、なだらかな山々と田畑が連なる里山が広がり、山と人の暮らしの距離が非常に近い地域です。
この地域の猪は、どんぐりや栗といった山の木の実に加え、里山の畑に実る作物にも触れながら成長します。山だけに閉じこもらず、里にも下りてくる環境が、極端に痩せすぎず、脂を蓄えすぎない体つきを育ててきたと考えられています。
肉質の特徴としてよく語られるのが、白く澄んだ脂です。丹波篠山の猪は、脂に雑味が出にくく、火を入れるとさらりと溶けるような口当たりになると言われます。
風土に根ざした「冬季限定」の愉しみ
赤身は締まりがありながらも硬くなりにくく、鍋にしても煮崩れしにくい点が、ぼたん鍋に向いている理由の一つです。また、丹波篠山周辺には、冬になるとぼたん鍋を看板に掲げる料理店が点在します。
専門店から旅館、割烹まで形態はさまざまですが、多くの店で共通しているのは、冬季限定で提供される点と、味噌仕立てを基本にしている点です。これは、猪肉の脂と味噌の相性が良く、身体を内側から温める食べ方として定着してきた結果とも言えるでしょう。
こうした環境と食文化が重なり合うことで、丹波篠山では猪が単なる「山の獣」ではなく、冬の滋養を支える存在として受け止められてきました。山の生態、人の暮らし、そして食卓。そのつながりの中で育まれてきたのが、丹波篠山の猪文化なのかもしれません。
まとめ|冬の京都で味わう、大人の直会
護王神社「いのしし神社」に残る猪の物語は、人が困難な道を進むとき、自然の力に守られてきた記憶を伝えています。
一方、丹波篠山のぼたん鍋は、寒さの中で身体を支えてきた、もう一つの猪のかたちです。
参拝の後に食事をするという行為は、神に供えたものを分かち合う「直会(なおらい)」という考え方にも重なります。特別な作法や知識がなくても、身体の声に耳を澄まし、季節の恵みをいただく。その姿勢こそが、直会の本質なのかもしれません。
有名な寺院を巡るだけではない、冬の京都の過ごし方。足元から身体を整え、自然と向き合う時間を持つことで、旅は少し深みを増します。護王神社と丹波篠山の猪文化は、そんな静かな冬の一日を支えてくれる存在と言えるでしょう。
※参拝のあとに食をいただく「直会(なおらい)」という考え方については、こちらの記事で少し掘り下げています。
>>秩父神社参拝と食の楽しみ方は?

